一夜松原
どんな伝承か
新田義貞が北国落ちで足利軍に攻められ敦賀市手筒山に立てこもった際、神が義貞の孤忠を憐れみ、一夜のうちに八丁四方の松原を作って新田軍を隠したと伝えられる。「一夜の松に二夜の橋」という言い伝えもある。敦賀郡松原村櫛川でも、天平二十年に異賊が攻めてきた際、一夜で海岸に松原ができ数万の白鷺が旗指物のように見えて敵が逃げ去ったとも伝わる。
原典より
新田義貞が北國落ち、足利軍に攻められてここに立つたとき、神は義貞の孤忠を憐み給ひ、一夜のうちに八丁四方の松原を作り、新田軍を隠し給ふたといひ、「一夜の松に二夜の橋」といふ言ひ傳へもある。—— 日本伝説名彙(柳田国男・日本放送協会・昭和25年刊) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説名彙(柳田国男・日本放送協会・昭和25年刊)
柳田国男・日本放送協会編『日本伝説名彙』を全650話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。