亡者が渡る飛騨小坂のガタガタ橋
どんな伝承か
飛騨の小坂に金右衛門という家があり、その前に小さな板橋が架かっていた。橋を渡ってだらだら坂を登り、峠をひとつ越えると隣村に出る。ある夜、一家そろって夜なべをしていると、けたたましい音を立てて板橋を渡る者があった。家の前は通らずにぴたりと音がやみ、しばらくすると話し声がして隣村へ向かう様子なので、金右衛門が門を開けてみると誰もいない。翌晩も同じであった。雨のしとしと降る晩には、すすり泣きながら心細そうに通っていく。町の占い師に見てもらうと、この道は越中の立山まで続いており、地獄へ落ちる亡者の群れが通っているのだと言われた。金右衛門は橋から離れた場所へ家を移し、亡者の供養に経塚を建てた。以来、足音は絶えたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
妖怪の民俗学――日本の見えない空間(宮田登・宮田登・民俗学・昭和(現代民俗学))
民俗学者・宮田登が、妖怪を『日本の見えない空間』の問題として論じた現代民俗学の名著。Ⅰ妖怪のとらえ方では、柳田国男『妖怪談義』の妖怪論(妖怪は出る場所が決まり、零落した神)と、幽霊(都市の人間関係から相手を追って出る)との区別、昭和五十四年に流行した口裂け女(受験社会で母に叱られる子供の心意の投影、『喰わず女房』の鬼女の再来)と産女、島根県松江の雲州皿屋敷のお菊、明治の井上円了の妖怪学と真怪・仮怪の分類を扱う。