二つ面の宿儺
どんな伝承か
飛騨に両面宿儺という強力な豪族がいて、国を治めていた。朝廷側からは朝敵強賊と呼ばれ、仁徳天皇六五年、和珥臣の祖・武振熊命に宿儺討伐の命が下った。宿儺は官軍が向かってくると聞くと、斐陀国八賀郷日面出波平を出発し、金山の小山(鎮守山)に三七日とどまった後、最前線の基地である津保の高沢山に立てこもり、武振熊命の率いる軍と猛烈に戦った。宿儺はこの戦いで高沢山に討死したと伝えられる。『金山町誌』に載る岐阜県益田郡金山町(現下呂市)の伝承で、『日本書紀』にも一身両面の宿儺の記事が見える。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第7巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第7巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全97話(愛知・岐阜・長野・静岡=中部)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。