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産女明神となった難産死の妻

所在地静岡県静岡市葵区産女(産女明神)
年代江戸時代
登場牧野喜藤兵衛とその妻
出典妖怪の民俗学――日本の見えない空間

どんな伝承か

静岡市の産女は藁科川の下流、右岸に位置し、江戸時代には産女新田と呼ばれて高二十八石余りの土地であった。この地名の起こりとして語られるのが、牧野喜藤兵衛という漂泊の者がここに住みついたのち、身重の妻がお産で命を落としたという話である。妻の霊は幾度もこの世に現れ、村人はその怨念を鎮めようと産女明神として祀った。それが名の由来だという。産女明神には今も子安観音が納められ、近隣の女たちは身ごもるとこの観音に祈る。そうすれば難産を免れると信じられている。

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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

妖怪の民俗学――日本の見えない空間(宮田登・宮田登・民俗学・昭和(現代民俗学))

民俗学者・宮田登が、妖怪を『日本の見えない空間』の問題として論じた現代民俗学の名著。Ⅰ妖怪のとらえ方では、柳田国男『妖怪談義』の妖怪論(妖怪は出る場所が決まり、零落した神)と、幽霊(都市の人間関係から相手を追って出る)との区別、昭和五十四年に流行した口裂け女(受験社会で母に叱られる子供の心意の投影、『喰わず女房』の鬼女の再来)と産女、島根県松江の雲州皿屋敷のお菊、明治の井上円了の妖怪学と真怪・仮怪の分類を扱う。

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産女難産新田

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