一月で変わった修養者の下腹部
どんな伝承か
著者は、神田区三崎町の恩人の邸で深呼吸の修養を勧められ、負けず嫌いの性から即日練習を始めた。別段これという用事もなく、暇さえあれば静坐するという熱心さで修養は着々と効を奏し、一月足らずのうちに下腹部の形状に著しい変化を呈してきた。快い感じは日ごとに加わり、著者は独り腹を撫でて喜んだという。この熱心は、同家に滞在した暑中の九十日にわたって続いた。進境が著しくなるにつれ方法の改良工夫にも及び、二木博士の腹式呼吸法やその他の静坐法の著作も読んで多少の工夫を施したところ、精神上の快い感じはいっそう増すように思われたという。
原典より
一月足らずの内には下腹部の形状に著しき變化を呈して来た—— 修養と通力(高橋宮二(逐堂生)・1913年(大正2年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
修養と通力(高橋宮二(逐堂生)・1913年(大正2年))
『修養と通力』は、高橋宮二が著し、大正二年に東京宝文館から発行した、深呼吸による精神修養と千里眼の実験の記録である。第一編「実験四年」は、修養の方法と焼岳での雪中の修養を述べ、千里眼の能力を得た妻貞子を明治四十三年から四年間養い、福来友吉博士らの立ち会いで透視と念写を試みた経過を記す。第二編「山の趣味」は附録の紀行で、北アルプスの大黒鉱山で雪中に半年埋もれた人夫六人の遺体を片付けた顛末と、黒部谷や中津川への旅を収める。