肋膜炎が十日間で全治
どんな伝承か
てのひら療法を広めていたのは山梨県甲府中学の校長江口俊博である。愛児が肋膜を病み、病院を転々としても悪化する一方であったため、伝承されている民間療法二百例を試すうちに、多くが掌を当てることを秘伝としていると気づいた。愛児の胸に掌をあてがっていると数日でラッセルが消え、十日で奇跡的に全治した。京都の一灯園に招かれた江口の講演を聞いた鈴木五郎は、掌を当てるだけで治るなど信じられぬと思った。ところが昭和六年、西田天香に随行して上海へ渡った際、強行軍の疲労から肋膜に腹膜炎を併発し、医師も危険という状態に陥る。同行の夫人に掌を当てさせると快方に向かい、投薬も注射もなく二ヵ月で全治した。
原典より
「てのひら療法」を実践しているのは、京都・山科の鈴木五郎老である。—— 日本の四次元(鈴江淳也・心霊・四次元・昭和) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の四次元(鈴江淳也・心霊・四次元・昭和)