三百人が暮らした天王寺のミカン山
どんな伝承か
阿倍野区旭町一丁目、いまは大阪市立大学医学部附属病院が建つ雑木の丘は、かつてミカン山と呼ばれ、天幕を張って暮らす人びとの集まる場所としては最大のものだった。もとは東成郡天王寺村に属したので、天王寺のミカン山とも言われた。大正の半ばすぎまで、ここには三百人ほどが住んでいたという。自らこのテント村で暮らした清水精一の『大地に生きる』によれば、粗い布を継ぎ合わせた十二畳ほどの小屋に十数人が寝起きし、中央の炉に吊るした一つの鍋で飯も菜も煮れば顔も洗い、汚れ物さえ洗った。浄と穢が分かたれぬ暮らしだったと記されている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
村の奇譚 ― 里の遺風(筒井功・民俗・地誌・現代)