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千利休が入った八瀬の窯風呂

所在地京都府京都市左京区八瀬
年代安土桃山時代
登場千利休、千少庵、山科言経、山科宗甫、林羅山、八瀬の窯風呂へ養生に赴いたと日記に記した公家、茶杓「矢瀬」の添状を書いた千少庵の子、八瀬に領地をもち漢詩に窯を詠んだ儒官
出典村の奇譚 ― 里の遺風

どんな伝承か

安土桃山時代から江戸時代にかけて、八瀬は窯風呂の里として著名であった。窯風呂は石風呂の一種だが、ここでは黒木を焼く炭窯にそのまま入浴させた。焼いた炭をかき出したあとの窯の床に濡れた筵を敷き、立ち上る蒸気の中で身を横たえるのである。正徳五年の『京都御役所向大概覚書』には八瀬村の竈風呂が一六軒と見える。豊臣秀吉に切腹を命じられた茶人千利休も、ここに入ったことがあった。千少庵作の茶杓「矢瀬」の添状に「利休矢瀬ノ釜風呂へ湯治仕、少庵見舞ニ参リ」とある。

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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

村の奇譚 ― 里の遺風(筒井功・民俗・地誌・現代)

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八瀬湯治炭窯

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