駿河町・石降りの祟り
どんな伝承か
名古屋の御札降りと「ええじゃないか」を記した「感興漫筆」には、秋葉札にからんだ奇異がいくつか載る。駿河町では秋葉札が降ったのに棚に上げたままで早く祭をしなかったところ、九月十日のころ、石が降ってきて屋根瓦を砕き、傷を負った者もいたという。人々は、御札の祭をしなかったがゆえに災いが起きた、これは神の怒りだと捉えており、名古屋には「火にたたる」「火でけがれる」という観念もあったようである。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか始まる(田村貞雄・現代(歴史研究))
歴史学者・田村貞雄による、1867年(慶応3)の民衆運動『ええじゃないか』の起源を三河地方の御札降りから検証した歴史研究『ええじゃないか始まる』。伊勢神宮などの御札(御祓)が空から降る『御札降り』を発端とするこの運動の最初期を、従来説より早い7月中旬の牟呂村(豊橋)に特定。神職の記録『留記』を分析し、慶応3年7月14日大西村での御札降り、子と妻の死、宮司森田光尋による『二夜三日正月』の決定と開始、各地への祭礼の波及を辿る。