横須賀城下の御札降り
どんな伝承か
慶応三年九月四日、海岸地帯の横須賀城下で御札降りがはじまった。「横須賀惣庄屋覚帳」のなかの「御蔭之記」に降札の詳しい記録があり、九月六日には忠蔵宅へ秋葉山・豊川社・鳳来寺薬師の三社の御札二十二枚がまとめて降っている。降札の合計は一五六枚とされるが、この二十二枚を内訳不明として除き一三四枚と数える研究者もあって、集計は一致していない。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか始まる(田村貞雄・現代(歴史研究))
歴史学者・田村貞雄による、1867年(慶応3)の民衆運動『ええじゃないか』の起源を三河地方の御札降りから検証した歴史研究『ええじゃないか始まる』。伊勢神宮などの御札(御祓)が空から降る『御札降り』を発端とするこの運動の最初期を、従来説より早い7月中旬の牟呂村(豊橋)に特定。神職の記録『留記』を分析し、慶応3年7月14日大西村での御札降り、子と妻の死、宮司森田光尋による『二夜三日正月』の決定と開始、各地への祭礼の波及を辿る。