円融寺の縁日に出た娘軽業の美人局
どんな伝承か
碑文谷の円融寺の門前は縁日で賑わい、赤松の並木の下には見世物や軽業の小屋が並んでいた。娘軽業の小屋では、木戸口の男が、太夫は旗本の娘で訳あって世を忍ぶ仮の芸人、綱渡りだけでなく渋川流の柔術の立ち合いもできると呼び込んでいる。三文の木戸銭を払って入った伝八郎は、高島田に振袖の太夫が一丈の高さの綱を蛇の目傘と高足駄で渡り、ひらりと飛び下りて笑うのを見て、すっかり見とれてしまう。だがこの一座は、美しい太夫を客に立ち合わせて誘い込み、近くの荒寺で美人局を仕組む一味だった。太夫を尾けた伝八郎は墓地で待ち伏せに遭い、袋叩きにされて刀まで奪われる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の怪談(二)(田中貢太郎・日本の怪談シリーズ・明治末~大正期(推定))