名を坂に残した義民・権之助
どんな伝承か
目黒駅から大鳥神社へ向かう坂は権之助坂と呼ばれ、その名の由来にはいくつもの説が伝わる。三百年ほど前、坂のそばに住んだ菅沼権之助という大親分が縄張り争いの闇討ちで命を落としたからだという説。素行の悪い名主の跡取りが捕らえられ、家の見える場所で死にたいと願って坂の途中で処刑されたという説。年貢を二度取りしたという無実の罪でこの坂で処刑された名主を人々が哀れんだという説。最も知られるのは、急な行人坂に代わる緩やかな道を開こうと将軍へ直訴して磔になった義民の話で、中目黒の墓地には彼を義人とたたえる卒塔婆が並ぶ。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
心霊大全(中岡俊哉・1970年代~1980年代)
奇怪なお菊人形(心霊大全)/心霊写真と自殺者の霊/北海道の怪奇現象/憑依と祟り/中岡俊哉の心霊蒐集