三日前から女の行動を見張っていた西本が
どんな伝承か
甲府の町はずれにある真言宗の寺へ、枇杷葉湯売りが荷を担いでやって来た。四隅に黒く枇杷葉湯と書いた荷輌を据え、寺男に旅籠が物騒だから数日泊めてほしいと頼み込み、天保銭を握らせて納所の許しを得る。夜、厨の片隅で酒を酌み交わすと、酔った寺男は「和尚さんは大有りだ」と口を滑らせ、この土地の後家で、日が入って人目に立たなくなると蝙蝠のようにやって来る、小柄な可愛い顔をした女だと話した。枇杷葉湯売りは西本義直という彰義隊崩れで、下谷御徒町に住んだ旗本の長男であった。いよいよ彼女だと思い、彼は唇を噛みながら寺男の盃に酒を注いだ。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
奇談全集 現代篇(田中貢太郎・奇談全集・大正~昭和初期(推定))
本書『奇談全集 現代篇』は、田中貢太郎による幕末から昭和初期にかけての日本各地の怪談・奇談を集成した作品である。明治維新期の松木事件から関東の連続殺人鬼事件まで、実地取材に基づく歴史的事件の記録と、民間に伝わる幽霊譚・怪異現象が混在している。特徴は、単なる怪談の創作ではなく、実在の地名・人物・事件を背景に、社会的矛盾や人間の怨恨が生み出す超自然現象を描く点にある。