若い燕に逃げられ狂って死んだ女主人
どんな伝承か
十七歳で名古屋の中学を退学になって上京した筆者は、半年ほど神保町の素人下宿に住んだ。家主は五十ほどの未亡人で、金貸しの下請けをしていた。甥と称して同居していた大学生は実は彼女の若い燕で、やがて彼女の蓄えを盗んで姿を消した。文字の書けない彼女に頼まれ、帰ってきてほしいと訴える手紙を代筆したが男は戻らず、彼女は気がふれたようになってジフテリヤで寝ついた。筆者が学校から戻ると、もう口のきけなくなっていた彼女は仏壇の下の引出しを指さし、中から弟の家の所番地と若い燕の住所を書いた紙を出して見せた。医者を呼んだが間に合わず、彼女は息を引き取った。筆者は二人に電報を打ったが、若い燕はついに来なかった。その晩、半通夜を終えて二階で寝ようとすると、床一面に何百匹ものノミが跳ね回り、筆者は彼女の恨みがノミになったとしか思えず、以前に祖母の幽霊を見たときよりも恐ろしかったという。
原典より
起きあがって見ると、床の上に、ゴマを散らしたように、何百匹というノミがピョンピョンと踊っていた。—— 私は幽霊を見た(東雅夫(編)・MF文庫ダ・ヴィンチ) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
私は幽霊を見た(東雅夫(編)・MF文庫ダ・ヴィンチ)
『私は幽霊を見た――現代怪談実話傑作選』は、東雅夫が編んだ怪談実話のアンソロジーで、メディアファクトリーのMF文庫ダ・ヴィンチの一冊である。平山蘆江・火野葦平・佐藤春夫・徳川夢声・遠藤周作・柴田錬三郎から石原慎太郎・新倉イワオ・稲川淳二まで、作家や文化人が自ら見聞きした幽霊や怪異を書いた文章を集める。目次には二十三篇と編者解説が並び、水木しげる・山田野理夫・桝井寿郎の座談「怪談詮議」や中岡俊哉「イタコの謎を追う」の抄録も含む。