背中を這ふ御幣の話
どんな伝承か
柴の荷を庭先に置いて急いで敷居をまたいだ爺さんは、両腕を他人のもののように撓め、目も鼻もひしゃげた顔をしていた。背中に大きな虫が入ってがさがさ這い回り、痒くてたまらぬという。婆さんが襟首から手を入れて引き出すと、それは白い一流れの御幣だった。『御幣の御降りじゃ』と婆さんは息をはずませ、爺さんも直ぐ祭らねばと落ち着いていた。だが外へ飛び出した爺さんはにやにや笑っていた。この御幣の御降りは、実は爺さん一人の思いつきで、そっと背中に入れて戻ったものだったのである。那賀郡相生村の話。
原典より
柴の荷を庭先にとんと置いて、急いで閾をまたいだ爺さんは、まるで雨腕を他人のもの、やうに撓めながら、眼も鼻もひしやげたやうな顔をしてゐた。—— 阿波えゝぢやないか(山口吉一・民俗・幕末世相史・昭和(対象は幕末)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
阿波えゝぢやないか(山口吉一・民俗・幕末世相史・昭和(対象は幕末))
概観篇では御降り(御札降り)に関する騒擾、伊勢神宮への御蔭参り・抜参りを慶安・宝永・明和・文政・慶應と時代別にたどり、慶應のええじゃないか、阿波のええじゃないかへと展開。幕末阿波(徳島)の御札降り・群集乱舞・世直し的民衆運動を、各事例の冒頭に【日付】【場所】【人物】【状況】マーカー付きで網羅した民俗・世相史。