原生林へ消えた温もりのない気配
どんな伝承か
闇の山道で足を止めた著者の背後から、草をこする音が近づいてきた。人間ではないと感じ、恐怖のあまりへたり込む。武器になりそうな剛竿をつかんだとき、十メートルほどまで迫っていた気配は止まり、やがて枝道などないはずの右手の原生林へ吸い込まれるように遠ざかった。大きな動物かとも考えたが、生き物の温もりは感じられなかったという。後日その方向をたどると涸れ沢の先に洞穴があり、旧日本軍兵士の雑嚢と銃弾、正露丸の小瓶が残されていた。南方で戦死した祖父を思い、著者は涙を流したと記す。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
水辺の怪談 ベスト(つり人社・2000年代~2010年代推定)
つり人社が編んだ釣り人の実話水辺怪談アンソロジー。瀬戸内や伊豆大島でのお盆の夜釣りの金縛り、自殺の名所の橋や三段壁で『釣れますか』と声をかけ足音なく消える白装束の女、小笠原父島の原生林に残る日本軍兵士の気配、河口湖のススキ林で消える話し相手、利根川支流で水中から船を掴む男、トーナメント中の憑依と機器故障の連鎖、藻に引き込まれる滝壺など、水辺で釣り人が遭遇した怪異を集める。