生き延びた安徳天皇の伝説
どんな伝承か
われわれの教わった歴史では、安徳天皇は八歳で二位の尼に抱かれて海に投じたことになっている。ところが平時房が自分の娘である七歳の総君を身代わりに仕立て、宗盛以下や母君徳子とともに入水させ、源氏がそちらへ集まったすきに安徳天皇は早船に乗せられてうまく逃げてしまったという。天皇は征夷大将軍平資盛以下三百人あまりとともに海路南へ落ち、大隅に上陸して種子島を経、天険の地を求めて歩くうちに鬼ヶ島に着いた。資盛は妻の狭野内侍と娘の櫛匣局を残して奄美大島へ渡る。安徳は四十三歳で二十歳の櫛匣局を妃とし、隆盛親王が生まれると坊さんとなって雲隠れと号し、六十八歳まで生きたと伝わる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
山とお化けと自然界(西丸震哉・山岳・怪異エッセイ・昭和(戦後))
西丸震哉『山とお化けと自然界』を篇単位で収録。完全装備で岩小屋前を通過する遭難者の幽霊目撃、木曾御岳の人魂たち、カラステングがタコを食う、亡き兄との交信やテレパシー(死者との通信)、幽霊の仮説・怪談といった山岳怪異譚を軸に、呪い殺しの実験・雨やみの術・日蝕と雨やみの術などの呪術、山の昆虫・メスネコの生涯・ヤマネとムササビ・ミミズク等の自然観察、酒・山旅・会津の秘境/栗駒山密林などの紀行随想を収める。