鬼ヶ島に落ちのびた安徳天皇
どんな伝承か
薩摩半島の南に竹島・硫黄島・黒島が並び、真ん中の硫黄島は噴煙をなびかせる峰を持ち、鬼界ヶ島とも鬼ヶ島とも呼ばれてきた。この島に安徳天皇が落ちのびたという伝えを著者は書きとめる。壇ノ浦では二位の尼に抱かれて入水したとされるが、実は平時房が七歳の娘を身代わりに立て、天皇は早船で逃れたのだという。日向の細島から大隅へ上がり、種子島の領主にかくまわれたのち、天険の地を求めて鬼ヶ島にたどり着き、この荒れ果てた島が皇居となった。供の平資盛は残党狩りの気配を察して奄美大島へ渡り、妻と娘の櫛匣局を島に残した。安徳天皇は源氏が滅びたのちも都へ帰らず、四十三歳で二十歳の櫛匣局を妃に迎えたと伝わる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
山とお化けと自然界(西丸震哉・山岳・怪異エッセイ・昭和(戦後))
西丸震哉『山とお化けと自然界』を篇単位で収録。完全装備で岩小屋前を通過する遭難者の幽霊目撃、木曾御岳の人魂たち、カラステングがタコを食う、亡き兄との交信やテレパシー(死者との通信)、幽霊の仮説・怪談といった山岳怪異譚を軸に、呪い殺しの実験・雨やみの術・日蝕と雨やみの術などの呪術、山の昆虫・メスネコの生涯・ヤマネとムササビ・ミミズク等の自然観察、酒・山旅・会津の秘境/栗駒山密林などの紀行随想を収める。