安徳天皇の墓
どんな伝承か
寿永四年三月二十四日、長門国赤間の壇ノ浦で平家一門が滅亡したとき、安徳天皇は平教盛・経正・資盛・有盛・行盛らの諸将と二位の尼、宮女たちに守られ、密かに軍船を仕立てて激戦場を脱し、南海の孤島硫黄島(鬼界ヶ島とも呼ぶ)へ逃れられたのだという。硫黄島には今も天皇の御陵墓、ならびに平家諸将の墓と称するものが厳然として存している。別伝では、資盛・清経の両卿が主上を抱いて敵囲を脱し当島へ漂着、天皇は三十余年をこの島で過ごされ、寛元元年五月五日、六十七歳で崩御して此所に葬られたと伝える。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第14巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第14巻』所収の「文化叙事伝説」「自然説明伝説」全75話(熊本・宮崎・鹿児島=南九州)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。