鬼八と的石
どんな伝承か
的石は御茶屋を去る東方数町、小国往還の左方に近く迫って峙つ石で、地名もこの石に因む。阿蘇大明神は阿蘇山上からこの石を的に百発の矢を放ち、九十九発は仇し矢で一発だけが命中した。付近の田圃の間に九十九淵があるのは鏃の没した処だという。矢取りの役を勤めた鬼八法師は、一里余の距離を往復するうちに弱り、ついに足の間に矢を挟んで投げ返した。怒った大明神に追われた鬼八は阿蘇谷から南郷谷へ逃げ、岩石を蹴破って矢部まで逃れたが捕えられ折檻された。その時八つの屁を漏らしたので、この地方を矢部というと伝える。一説に鬼八は霜を降らせて報復すると言い残して天へ昇り、その怨霊を慰めるため霜の宮が建てられたという。
原典より
所謂的石は此の御茶屋を去る東方数町小国往還の左方に近く迫って儼として峙つている。—— 日本伝説大系 第14巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第14巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第14巻』所収の「文化叙事伝説」「自然説明伝説」全75話(熊本・宮崎・鹿児島=南九州)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。