鬼八と的石
どんな伝承か
健磐龍命は阿蘇の豪士鬼八を従え、往生岳にすわって的石に向かって強弓を射た。はずれ矢の落ちた所を矢淵という。矢取りの鬼八は往生岳と的石を九十九回往復した末、百本目を足の爪先にかけて蹴返した。怒った命に追われた鬼八は根子岳のオクドを蹴破り、その穴を鏡岩という。南郷谷へ行って穿戸を突き破り、矢部で追いつかれて屁をひったので矢部の名が起きた。なお逃れて三田井境の窓の瀬で五ヶ瀬川を挟んで戦い、ついに生けどられた。首も手足も斬るとつながるのでばらばらに埋め、胴を埋めた所が高千穂の鬼八墓、手足を埋めた所が鬼塚という。首は天に舞い上がり、六月の暑い時に霜を降らせるので霜宮に祭った。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第14巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第14巻』所収の「文化叙事伝説」「自然説明伝説」全75話(熊本・宮崎・鹿児島=南九州)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。