白羽の矢を猪に替えた岩井川の鬼八祭
どんな伝承か
鬼八は走建とも呼ばれ、アララギの郷に構えて人々を苦しめた土地の夷族の頭であったという。討伐に向かった御毛入沼命が日之影まで来ると、鬼八は俄かに大雨を呼んで川を増水させ行く手を塞いだ。命が天を仰いで祈ると雨は上がり水も引いた。日の影の名はここから来たと伝わる。討たれた鬼八は霜宮として祀られ、その祭では十三歳以下の女子を鬼八塚の前に組んだ七尺の棚に供えた。供物に選ばれた娘はどこからか飛来する白羽の矢で決まり、長くは生きられなかったという。天正年間、矢が岩井川中崎城主甲斐宗摂の娘に当たると、宗摂は娘の代わりに猪を供えることにした。以来この地では猪狩りを行い、猪を供える祭が明治初年頃まで続いた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第14巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第14巻』所収の「文化叙事伝説」「自然説明伝説」全75話(熊本・宮崎・鹿児島=南九州)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。