父島の洞穴に残された兵の遺品
どんな伝承か
夏の父島で、著者は夜明け前に活き餌の入った重いバケツと竿を担いで釣り場へ向かっていた。寝坊した遅れを取り戻そうと、山道の途中から藪をかき分けて近道を試みる。ところがヘッドランプは点かず、闇のなかで呼吸すら苦しくなった。荷を放り出して立ちすくんだとき、背後から草を分ける音が近づいてくる。人ではないと直感し、手探りで竿を握った瞬間、気配は道のないはずの右手の原生林へ去った。帰りに同じ場所をたどると涸れ沢があり、その先の崖下の浅い洞穴で、日本兵の雑嚢と銃弾、正露丸の小瓶を見つけた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
水辺の怪談 ベスト(つり人社・2000年代~2010年代推定)
つり人社が編んだ釣り人の実話水辺怪談アンソロジー。瀬戸内や伊豆大島でのお盆の夜釣りの金縛り、自殺の名所の橋や三段壁で『釣れますか』と声をかけ足音なく消える白装束の女、小笠原父島の原生林に残る日本軍兵士の気配、河口湖のススキ林で消える話し相手、利根川支流で水中から船を掴む男、トーナメント中の憑依と機器故障の連鎖、藻に引き込まれる滝壺など、水辺で釣り人が遭遇した怪異を集める。