補習学校で授かった処世の歌
どんな伝承か
著者は、杉並区今川町にある東京都立農芸高等学校の前身、豊多摩郡立農業補習学校が明治三十三年四月一日に中野区桃園町で開校したときの、第一回入学生であった。生徒はわずか十六名、教員は森村先生ひとりだったが、駒場の農科大学から週に一度先生が来て、さまざまなことを教えた。そのなかでも、限りない金は世の中に預けてあるのだから、欲しければ働いて取れ、という趣旨の歌を深く胸に刻み込み、今もそれを処世の訓としていると著者は書き残している。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
城西風土記と昔語り(熊沢宗一・昭和初期~昭和中期)