九里四里うまいの看板と穴蔵の芋
どんな伝承か
当時、東京市内の焼芋屋には「九里四里うまい(栗より旨い)」の看板を掲げた店が多くあった。この焼芋はいわゆる川越芋で、主に埼玉県川越付近や野火止、新倉から産出し、牛込馬場下の甘藷問屋・小西へ荷車で運び込まれていた。著者の家(江古田)は、芋の質を損なわずに貯蔵できる穴蔵と、栽培に適した畑地を持っていたためサツマ芋を多く作っていた。雨や雪で道が悪く川越の荷が届かないときには、小西の問屋から使いが来て、著者の家に貯蔵してあったサツマ芋を特別な値段で仕切ってもらっていたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
城西風土記と昔語り(熊沢宗一・昭和初期~昭和中期)