榎の空洞から湧いた水稲荷の霊水
どんな伝承か
室町のころ、太田道灌は高田へよく狩りに出て、馬場下から高台に上り、富塚古墳の上から辺りを眺めたり獲物を探したりしていたという。ある時、狩りの記念にと手ごろな榎を選び、古墳のふもとに植えた。榎はぐんぐん育ち、近隣の人々は道灌つかみさしの榎と呼んだ。由緒を知った関東管領上杉良朝は文亀元年にここへ稲荷社を建て、この榎を御神木とした。元禄十五年四月、その御神木の幹の空洞から突然水が湧き出し、どんな日照りにも涸れなかったので、社は水稲荷神社と呼ばれるようになったという。眼病の者がこの水で目を洗うと治るといわれ、信仰を集めた。
原典より
場所 戸塚町一丁目 早稲田大学商法研究部建物の敷地時代 室町時代文明年間(一四六九一八六) 江戸時代 元禄一五年(一七〇二)四月室町時代、太田道灌が高田によく狩りにこられた。—— 新宿と伝説(新宿区教育委員会) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
新宿と伝説(新宿区教育委員会)
新宿区教育委員会編『新宿と伝説』を全62話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。