霧に迷い上総興津へ着いた見分船
どんな伝承か
天明三年五月五日、八丈末吉村の年寄浅沼源左衛門は組合頭甚三郎とともに、山焼け見分のため青ヶ島へ渡った。連日の大風雨で、二十一日までに島を見て回れた日はわずか二日きりだった。二十二日に神子浦を出ようとしたが風が変わって戻され、六月五日まで足止めを食う。六日に出帆すると今度は霧で針路を失い、九日に漁船へ尋ねてみるとそこは上総国興津であった。房州の鼻を回り、百首で水先を頼み、浦賀の番所を経て江戸へ回されて、八丈へ帰り着いたのは翌年の春である。一度の見舞に小一年を費やしたが、江戸で青ヶ島の惨状を訴え、年貢諸役の免除と救い穀の支出を取り付けて戻った。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第1巻(柳田国男・定本柳田国男集)
柳田国男編『定本柳田国男集 第1巻』を全451話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。