海難での奇蹟
どんな伝承か
建長元年、寂浄という上人僧が支那へ渡るにあたり、両三度渡った経験のある生智という雲水が案内者となり、博多から商船に乗って支那海へ進んだ。数日後に大風浪に遭い、船が転覆しそうになったので、乗組の百余人は伝馬を下ろし、わずかな食糧を携えて乗り移った。十余日漂流するうちに食も水も尽きたとき、寂浄は観音経三十三巻の転読を発議し、自分の左手の小指に灯心を絡めて種油を塗り、火をつけて灯明とした。指の皮は焼け爛れ血と膿で灯も消えかけたが、読み終えようとするころ、南方から白い泡のようなものが流れ寄り、汲むと淡水であった。
原典より
建長元年に、寂淨と云ふ上人僧が支那へ渡るにつけて、両三度渡支した経験家の生智と云ふ雲水が案内者になり、さもんくに博多から商船に乗て支那海へと進んで出たところ、数日後に大風浪に逢ひ、船は今にも轉覆しさうだから、乗組の内一百…—— 幽冥界研究資料 第二巻 靈怪談淵(岡田蒼溟・幽冥界研究・怪談・大正〜昭和(戦前)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
幽冥界研究資料 第二巻 靈怪談淵(岡田蒼溟・幽冥界研究・怪談・大正〜昭和(戦前))