女流人よせ・さきの初流罪
どんな伝承か
八丈島の女の流人は、文政十年ごろで全島に十九人しかいなかった。幕末までの四十年間にさらに二十九人が送られ、記録に名の見える者は前後で六十七人になる。浮田氏に従った二人の女中を別にすれば、正式の流人として最初に来たのは吹上御広敷茶之間の仕女、よせとさきの両名であった。京都の女官が赦されて還ってから百十年ほど過ぎた元文二年のことである。はじめは士分の家の者に限ろうとしたらしいが、やがて百姓町人の妻や召仕、飯売女や無宿女までが混じるようになった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第1巻(柳田国男・定本柳田国男集)
柳田国男編『定本柳田国男集 第1巻』を全451話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。