同船流刑囚の異なる運命
どんな伝承か
富蔵と同じ船で八丈島へ送られた流刑囚は、ほかに八人いた。僧の光学は女犯、上総木更津の久兵衛や常陸高久村の鶴松らは博奕や貸元胴取が罪名で、残りの四人も博徒であったらしい。その後の運命は八人八様だった。阪戸の金太郎は七年で島に死に、久兵衛は天保九年七月に抜け舟の一味に加わって島を出た。光学は十一年目に死んでいる。鶴松は弘化四年、才助は明治元年に赦されたが、死んだ光学にも逃げた伊助にも同じころ赦免状が下りており、遠島囚の記録はそれほど当てにならなかった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第1巻(柳田国男・定本柳田国男集)
柳田国男編『定本柳田国男集 第1巻』を全451話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。