宮戸川の網にかかった観音像
どんな伝承か
推古天皇の御代、武蔵国へ流れ下った土師臣真中知は、宮戸川のほとりで漁師となった。ある年の三月十八日、家臣の檜熊浜成・武成の兄弟を伴って河口に網を入れると、魚は一匹もかからず観音の像ばかりが引き上がる。捨てても場所を変えても七度まで同じことが続いたので、主従は深い因縁があると悟り、像を岸へ上げた。近くで草を刈っていた十人の子どもに藜を集めさせ、茅で屋根を葺いた草堂を結んで安置した。それが今の駒形堂の地だという。翌朝祈って網を下ろすと魚は溢れ、これが浅草寺の起こりとなり、三社祭はこの日を記念する。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
江戸傳説(佐藤隆三)
佐藤隆三編『江戸傳説』を全42話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。