熊野神社に移された九曜星紋の供養塔
どんな伝承か
奥多摩町棚沢の将門神社は、平将門とその子良門の伝えを濃く残す社である。『地誌稿』によれば、良門が父の跡を慕ってこの地へ来て神像を刻んで祀ったのが起こりで、永平年間に三田弾正忠次秀が建て直し、以後は三田氏が代々あつく敬ったという。良門が彫ったという像は一尺四寸ほど、甲冑をまとい右手に団扇を持って胡床に腰かけた姿で、衣冠ではなく軍神の体をなす。いま熊野神社の拝殿前、銀杏の木の下には、三田弾正綱秀が造ったと伝わる供養塔が一基移されており、そこに九曜星の紋が刻まれているのを土地の小林嘉喜知が見つけた。将門の伝説が伝わる土地や遺跡には、星の紋が多いという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
将門伝説——民衆の心に生きる英雄(梶原正昭・矢代和夫・(平将門伝説の研究書))
梶原正昭・矢代和夫『将門伝説——民衆の心に生きる英雄』を、論考の節単位で全67事例として収録した研究書(地域伝説集ではない)。平安中期の平将門(承平天慶の乱)をめぐる伝説を、英雄の死と伝説の誕生(冥界・調伏・怨霊・首の怪異・七人の影武者・妙見信仰・石化)、落人たちの運命(将軍太郎良門・如蔵尼の堕地獄と救済・滝夜叉姫・桔梗塚の寵妃・後裔と将門遺跡)、将門伝説の展開(馬の文化・関東一円の分布圏・文芸化・首塚の祟りと再評価)として論じる。