韮崎の馬場が沓
どんな伝承か
ある大名が、夢に信玄の臣馬場美濃守の子孫を取り立てよとの告げを受け、領内の馬場某を召し出した。某は系図がないので暇をもらい、甲州へ系図を正しに下って、韮崎の駅で権兵衛という問屋から馬を借りた。馬子は八蔵、馬は白河原毛であった。釜無河原を行くと馬の沓が切れ、八蔵は「馬場が沓を買ってはかせよう」という。小山に八十余歳の老人が住んで馬の沓を作っており、それを馬場が沓と呼ぶのだという。訪ねると老人は錦の袋から馬場家の系図を出して与えた。某が後日礼に訪れると、問屋も馬子も馬も昔からいないといわれ、小山には松柏が茂り、林の中に馬場美濃守と刻まれた古い墓が一基あるばかりであった。
原典より
ある大名が、夢に信玄の大臣馬場美濃守の子孫を取立てるべし、という御告を受けたので、早速領内より馬場某なる者を探し出して、士官させようとした。—— 韮崎市の民話伝説(昭和四十二年(1967)刊) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
韮崎市の民話伝説(昭和四十二年(1967)刊)
山梨県韮崎市(穴山・穂坂・清哲・神山・大草・藤井・竜岡・中田・円野ほか各町)に伝わる伝説・民話を、木/石/水/塚/坂・峠/山/谷・沢/屋敷跡・城址/祠堂/その他 の各部門に分類して集成する。武田信玄・勝頼ら甲斐武田氏や新府城にまつわる伝承、日本武尊・源為朝・弘法大師の旧跡、御神木や霊石・霊池の怪異、稲荷・地蔵・観音の霊験、狐狸むじな・河童・鬼の昔話など、韮崎の地に根ざした怪異・霊験・由来譚を地区つきで網羅する。