建礼門院
どんな伝承か
花園の元吉野川の段丘ぞいに竹藪があり、その中程に建礼門院の墓といわれる高さ二尺たらずの粗末な五輪塔がある。もと吉野川の孤島「沖の森」から移したという。元暦二年卯月、幼帝を案じた建礼門院は太刀野の舟戸までたどりついたが、吉野川に阻まれて渡れず、泉の佐古に庵を結んで一生を終えたと伝える。門院の命を受けた阿波の局ほか四人の女官は錦の着物を携えて幼帝を追ったが、拝することかなわず、一宇村桑平の谷に着物を流し、庵を建てて生涯を終えた。里人はこの谷を錦谷と呼ぶ。
原典より
花園の元吉野川の段丘ぞいに竹藪がある。—— 日本伝説大系 第12巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第12巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第12巻』所収の「文化叙事伝説」全139話(香川・徳島・愛媛・高知=四国)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。