八百比丘尼
どんな伝承か
今は昔、押岡の渡の近くに「大坊千軒」といって繁栄の浦があった。あるうららかな春の日、漁師の網に頭は人間で体は魚という人魚が掛かった。評判になって遠方から見に来る人が絶えず、月を越えても腐らなかった。そのころ、この浦の漁師の幼児が這って行き、人魚の疵ついた所をなめた。母は驚いてその口をすすいだが、変ったこともなかった。娘は同所の漁家に嫁して子孫も繁昌し、玄孫を抱く八、九十歳の媼になってもちっとも老いず、二百歳にもなろうとした。ついに一人取り残されて髪を剃り、尼となって旅に出、若狭の国でさらに数百年を経た。八百歳の頃に故郷へ帰り、産土の加茂神社に石の塔を奉献したのが八百比丘尼塔だと伝える。
原典より
<柳田——「比丘尼谷」>今は昔、押岡の渡近傍に、「大坊千軒」と言って、繁栄の浦がありました。—— 日本伝説大系 第12巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第12巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第12巻』所収の「文化叙事伝説」全139話(香川・徳島・愛媛・高知=四国)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。