七尋女房
どんな伝承か
元禄七、八年ごろ、元屋の内田に生まれた孫三郎は六尺五寸三十五貫の大男であった。宝永年間、中村の村岡庄屋は酒造家で、その浜田通り裏は墓原の一本道であり、七尋女房の幽霊が出るというので夜通る者はなかった。元屋の本屋敷方に若者が集まり、酒を買いに行く者を募ると、孫三郎が賃しだいで行くと言い、二升入りの竹筒を持って出かけた。墓原では化物がいたが知らぬ顔で通りすぎ、帰り道に墓標を持って「化物、道の下手に寄れ」と大声を出すと、一丈余りの七尋女房が乱れ髪で下手へ寄った。孫三郎は墓標で女の腰を打ちすえ、ひるむすきに本屋敷へ駆けこんだ。報告の半ばに藁壁から毛の生えた長い手が出てきたので、一同は声を立てて次の間へ逃げたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第11巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第11巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全56話(鳥取・島根=山陰)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。