七尋女房
どんな伝承か
御波のうちの旧「布施」というところに、庄屋をつとめた板屋という家があった。その何代か前の旦那が、海士の村上助九郎のもとへ通うのに太井の山道を越して行った。その山道に「石仏」というところがあり、大きな仏の格好はしていないが、疫病がはやったときはそこへ参ればよいと土地の人は今もいう。板屋の旦那が馬で通ると七尋女房が出てきて、馬の轡をつかんで動かさない。仕方なく差していた刀で首を斬ったところ、女房の姿は消えて石仏に石が残り、斬られた首は保々見のてん川まで飛んだという。その刀は近代まで板屋にあったが、昭和五、六年ごろの火事で系図とともに焼けたという。
原典より
こん御波のうちの旧「布施」というところになります。—— 日本伝説大系 第11巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第11巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第11巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全56話(鳥取・島根=山陰)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。