夜泣石
どんな伝承か
天正十一年、関白職につくことに反対した近衛前久が薩摩へ左遷される道すがら、枚岡神社に詣で、額田村の豪族高内正定の案内で額田谷の入口にある長尾山不動寺を訪れ、あたりの薄を賞めて一首を詠んだ。以来この岡を長尾ノ岡といい、寺を長尾寺と呼ぶようになった。安永二年、不動寺に滞在した慈雲尊者に額田村の名主高内秀有が一筆を乞い、その歌を岩面に刻んで境内に建碑した。明治六年の廃寺のとき、村人が歌碑を北隣の天王寺屋へ運んだところ、石が毎晩「もとへ帰りたい」と泣いたので、不憫に思って元の場所へ戻すと泣きやんだ。俗にこの石を夜泣石と呼ぶ。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第9巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第9巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全100話(奈良・大阪・和歌山・三重=近畿南部/紀伊)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。