いつもり長者
どんな伝承か
白国のあたり、増位山の麓の平野村に長者屋敷というところがあり、代々小鷹と申し伝えた。保元元年の頃、福井庄領主の家司太郎左衛門の子に熊太郎という十八歳の者がいた。学問をさせても殊のほか暴れ、手習いもせず言い争い、相撲を取っては首を取り、後には家にも帰らず近隣の娘や女房を犯して諸所で暴れ、白国の方へさまよった。髪は童のように束ね、四五人の女をたぶらかして小鷹と呼ばれたが正式の妻はなく、身の丈は六尺二寸とも七尺ともいい、全身が熊のように毛深く十人力であった。人見塚で旅人を止めて酒を勧め、石の枕をさせて重しをかけて殺し、その血で衣を染めた。飾磨の褐染はこれで、血しお染めまたは播磨染ともいい、この屋敷のあたりを「しかま」というと伝える。熊太郎は百二歳で死んだ。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第8巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第8巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全133話(滋賀・京都・兵庫=近畿)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。