いつもり長者
どんな伝承か
浜詰から久美浜の葛野へかけての砂丘地帯を昔は「おこう野」といい、大昔には家が千軒もあって栄えていたという。ここにいつもり長者の家屋敷があった。長者はもと紀州の生まれで、屋敷に植えた一本の杉が短い間に大木となり、占師の言により三体の観音像を刻ませた。一体は大和の長谷寺、一体は但馬城崎の温泉寺の本尊となり、一体は自家で祀っておこう野へ移した。長者の娘の頭に二本の角が生えたが、氏神の岩船の神と観音への百日の祈願で角は落ち、その落ちた所を「さよがはな」(才ヶ鼻)という。おこう野は西風の砂に埋もれ、上野・俵野・溝野・鹿野・葛野の五つに分村したと伝わる。
原典より
〈柳田―「長者屋敷」〉浜詰から久美浜の葛野へかけての砂丘地帯を昔は「おこう野」といいました。—— 日本伝説大系 第8巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第8巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第8巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全133話(滋賀・京都・兵庫=近畿)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。