柴折神
どんな伝承か
文禄元年(1592)、市場城が落城した際、城主・鱸越中守長康の奥方と姫は追手を逃れようと付近の柴を折って全身にかぶり身を隠そうとしたが、着物の裾が見えていたために発見され、討たれてしまった。哀れんだ村人はその場所に石塔を立て、足りなかった柴を折って供え、二人の霊を慰めた。この柴を供える風習はやがて、足の痛みや疲れにも効き目があると信じられるようになったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第7巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第7巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全97話(愛知・岐阜・長野・静岡=中部)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。