弘法の片腕観音
どんな伝承か
昔、弘法大師が修行のため諸国を廻り歩き、方々で石に観音の尊像を刻んだ。それは一夜のうちに仕上げる仕事であった。若狭を巡られたとき、大師は三方に宿をとった。そこは山の中腹に清水が流れ、木々が青々と茂る美しい所であった。大師はここに観音を刻もうと思い、その夜、山の中腹に来て、明朝一番鶏が鳴くまでに刻みますと仏に誓い、一心に石を刻んだ。ところが夜は明けかかり、あと観音の片腕というところで一番鶏が鳴いた。それから間もなく大師は姿を消してしまったという。その観音はのちに、我は手が一本しかない、それゆえ皆の手の病はどんなものでも治してやろうと告げ、村人は御堂を建てて祀ったと伝える。
原典より
<高木 「道明寺」 柳田―「爪切地蔵」>昔、弘法大師が修行のため諸国を廻り歩いて、諸所方々で石に観音の尊像を刻まれた。—— 日本伝説大系 第6巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第6巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第6巻』所収の「文化叙事伝説」全44話(福井・富山・石川=北陸)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。