足立、金毛九尾のキツネと吹聴
どんな伝承か
上田喜三郎(出口王仁三郎)の追放を企てていた足立正信は、静岡の稲荷講社に長沢雄楯を訪ね、「喜三郎にかかっている霊は金毛九尾の狐であり、駿河国からこの会を奪うために遣わされた者だ」と触れ回ったという。この後継者争いは結局喜三郎側の勝利に終わり、足立は翌月会を去って浜松へ向かったと伝わる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・現代(評伝)/明治〜昭和(対象))
村上重良による出口王仁三郎(1871-1948)の客観的評伝。京都・亀岡の貧農の子・上田喜三郎は、祖父の霊の守護や金神の祟りといった霊異の中で育ち、明治31年の高熊山修業で神人感合に達して宗教者へ転身。長沢雄楯(本田親徳の系統)から鎮魂帰神を相承し、綾部で艮の金神の神がかりにより大本を開いた出口ナオと出会って両教祖の経緯(たてよこ)の仕組みを成す。