大晦日のやんら
どんな伝承か
昭和初期まで、大晦日の夜になると「やんら」と呼ばれる祝い人が在所の家々を回ってきた。やんらが来ないと正月が来ないといわれるほど大切な年中行事で、福徳様とも呼ばれた何人かがそれぞれ受け持ちの範囲を持っていた。まず区長の家で口上を述べて酒をふるまわれ、決まった道順で門付けをすると、家の者は鏡餅や米を差し出して祝いの言葉とともに手渡した。一年の悪事を忘れ、新しい年の無事を祝う客でもあったらしい。口上は福の神が乗り込んで蔵に小判がぶら下がるといった祝い文句で、曽祢ではやや違う文句が唱えられたという。
原典より
それは毎年必ず来たもんで、そのやんらが来ない事には、正月が来ないといわれるくらい、この辺の村々にとっては、大事な年中行事の一つやった。—— 鹿島町史 通史・民俗編――伝説(鹿島町(編)・鹿島町史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
鹿島町史 通史・民俗編――伝説(鹿島町(編)・鹿島町史)
『鹿島町史 通史・民俗編――伝説』は、鹿島町の町史通史・民俗編のうち、昔話と伝説の節と、続く「俗信と俚諺」の冒頭を収めたものである。石動山麓と邑知地溝帯の集落で聞いた話を、芋掘り権兵衛や屁売りじいさなどの昔話、亀塚や椀貸穴などの自然伝説、初瀬の観音様や井田の不動滝の信仰伝説、久江の道閑や村境を決めた話の歴史伝説に分け、在所名を添えて載せる。伝承の状況や語り始めと結びを述べた解説を前に置く。