葵の上を呪い殺した六条御息所
どんな伝承か
葵の上は夕霧を産んだのちほどなく、苦しみながら世を去った。取り殺したとされる六条御息所は、もと皇太子の妃で、娘は賀茂の斎院となって社に仕える最高の巫女となった人である。六条という呼び名は、京の六条京極に構えた邸に由来する。前の皇太子の未亡人として広い屋敷に娘とふたりきりで暮らし、葵の上を呪い殺してからは光源氏の足も遠のいた。やがて娘が伊勢へ移るのに従い、自らも都を去っていく。気位の高さと鬱屈と孤独は巫女に特有のものだと本書は説いている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本人物語5――秘められた世界(関敬吾(編)・日本人物語・昭和(民俗))
関敬吾編『日本人物語5―秘められた世界』。日本の生活文化に潜む秘密・境界・異界・怪異を主題別に集成する。