三月十五日に休む梅若忌
どんな伝承か
雑誌『郷土研究』に載る「武州川崎辺年中行事」には、農家が三月十五日を梅若忌と呼んで休むと記されている。梅若は謡曲隅田川で知られる吉田少将維貞の子で、七歳で叡山に入ったが同輩と才学を競って寺中の反目を買い、国元へ帰る途中に信夫藤太へ誘拐され、武蔵国の隅田川のほとりで病死した。木母寺の僧が哀れんで寺内に葬り柳を植えたのが梅若塚と伝わる。その忌日を祀るのが梅若忌で、川崎のほか津久井郡や旧都筑郡中川村でも同じ日を休みとし、埼玉には梅若の泣餅、仙台には梅若ゴトの名が残る。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
神奈川県の歴史 県史講座要録――伝説と昔話(神奈川県(県史講座)・神奈川県の歴史・民俗講座)
『神奈川県の歴史 県史講座要録 第6(県下の民俗篇)』所収の伝説と昔話。神奈川県の伝説を、柳田国男の研究を踏まえて論じる。