孝行の豆の木と地名由来
どんな伝承か
昔、吹上の在所に親孝行な娘がいた。継母は継子に煎り豆を、実子に生の豆を持たせて千石原へ蒔きに行かせ、継子の畑に芽が出ないのを世間に見せようとした。道中で匂いに気づいた継子は実子と豆を交換し、たった一粒を神仏に祈って蒔いた。実子の畑はろくに耕されず、継子の一粒だけが芽を出したが、秋には天に届くほど伸びて房が実り、村人は継母の仕打ちを知った。刈り取った豆の木は倒れて久保のドウに届き、こぼれた豆からタタラ壁・七窪・十八河原の地名が生まれたと伝わる。継母は改心し、豆の木で作った太鼓を白山宮などに奉納したという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
河内村史 下巻(民俗編)――白山麓の伝説(河内村(編)・河内村史・自治体史(民俗))
『河内村史 下巻(民俗編)』第三節所収の民話・伝説。石川県河内村(白山麓)に伝わる白山信仰の伝説を採録する。