斎主交代と黄櫨染の袍
どんな伝承か
昭和十年十月二十七日、綾部本宮山の長生殿で斧始祭が営まれた。斎主は婿の出口日出麿が務める予定であったが、亀岡から綾部に着くなり王仁三郎が「日出麿ではない、ワシが斎主じゃ」と突如言い出した。しかも彼が身につけたのは、天皇が即位の重大な祭に着る黄櫨染の袍に紛らわしい束帯で、第一次弾圧でも問題となったいわく付きのものであった。これを見た古参幹部は「ああ、事件だ」と弾圧を予感した。祭典中、王仁三郎はわざと烏帽子を落とそうとするなど、不可解な所作を繰り返したという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
出口王仁三郎の霊界からの警告――発禁「予言書」に示された破局と再生の大真相(武田崇元・武田崇元・大本研究・現代(著述))
武田崇元『出口王仁三郎の霊界からの警告―発禁「予言書」に示された破局と再生の大真相』。大本の聖師・出口王仁三郎の生涯と予言を、霊界のプログラム(型)として読み解く。