中山ミキの神がかりと十柱の神
どんな伝承か
天理教の教祖中山ミキは、幼少からあらゆる民間信仰の熱心な信者であった。長男の神経痛を治すために呼んだ修験者の「憑り代」となったことから神がかりするようになり、それは生涯続いた。最初の神がかりのとき「天ノ将軍天下レリ」といって、十柱の神を次々に名のった。この神々には帝釈天・転輪王・天ノ将軍など、民間信仰で親しまれてきた神が現れている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本民俗学大系 第8巻――信仰と民俗(原田敏明・池上廣正・平山敏治郎・堀一郎ほか・日本民俗学大系・昭和(民俗学))
『日本民俗学大系 第8巻 信仰と民俗』。原田敏明・池上廣正・平山敏治郎・堀一郎らによる十論考からなる日本民間信仰の総合的研究。原田敏明「総説」は信仰と民俗、宗教の起原(スペンサーらの学説・アニミズム)、村の信仰と都会の宗教、シャマニズムを論じる。池上廣正「霊と神の種類とあらわれ方」は神の種類(名社大社の祭る神・雑神)、神のあらわれ方、霊の種類(人霊・自然霊)・霊威、農と神・田植えの儀礼を扱う。