八十八の清水
どんな伝承か
景行天皇のころ、内海に悪魚が出没して往来の船を呑むので人々は困り果てていた。日本武尊の御子武殻王は、八十八人の従者を伴ってこれを退治に出かける。悪魚は口から毒気を吹いて王の乗る船を呑み込んだが、王は悪魚の腹の中でその腹を裂いた。ようやく海辺へたどりついた八十八人の兵は毒気に打たれて死にかけていたが、一人の童が汲んできた清水を飲ませると生気を取り戻したという。王は讃岐の国守となり、八十八人の兵は讃岐の各地に居を構えた。後年、崇徳上皇が配所で崩じた際、都からの検屍の役人が着くまで遺体をこの清水に浸して待ったとも伝える。
原典より
景行天皇のころ、内海に悪魚が出没して往来の船を呑むことが多かったので、人々は非常に困っていた。—— 新編香川叢書 民俗篇――昔話と伝説(香川県(編)・新編香川叢書・自治体史(民俗)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
新編香川叢書 民俗篇――昔話と伝説(香川県(編)・新編香川叢書・自治体史(民俗))
香川県(讃岐)の昔話と伝説を網羅する。第一章昔話は、炭焼長者・天道さん金の鎖・狐女房・大歳の火・産神問答(虻にのみ/滝の宮のヨサの宮さん)・親棄山・童子丸・弘法機・継子話・お大師さんとぼた餅・物言う亀・米倉法師・猫又・こぶ取り爺・屁こき爺・蛇聟入・かにの報恩・浦島太郎・竜宮童子・肉付面・子育て幽霊・鷲の育て子・亀の聟入など五十九話を語り手付きで収める。